東京工業大学の附属高校なので、一般科目の他に専門科目があり、私は自身の専門分野でもある建築学科に所属しました。業務内容は講義を受け持つ教諭の指示による講義資料の作成及び授業のために教室にプロジェクターを設置したり、製図道具を準備しておくことがありました。また、「建築設計演習」という、設計図の基本的な描画方法や、実際に0から建築設計を行い自身で図面化する授業では、講義中に何人かの生徒に描き方を教示したり、建築設計の考え方を伝えたりしました。他にも、コンクリート試験体を実際に生徒に作成させ、それを破壊して強度分布を調べる「建築構造実験」科目において、安全に行えるよう実験補助も行いました。最終学年には卒業研究のような課題が課せられるのですが、そこでは実際に一通り建築プロジェクトを学生が完遂できるよう補助、適宜アドバイスを行いました。学校全体では学校説明会が年に数回あり、その会場作成及び案内も行いました。

転職のきっかけは、もともと単年度契約であったことと、自信が次の人生プランに移るためでした。よくしてくれた先輩の教諭の方々も、次に向かう姿勢を推してくれたため、円満に退職しました。退職後は海外の建築設計事務所にインターンに行こうかと目星をつけていた頃、現行の感染症蔓延により、あえなく国内の建築設計事務所に務めることにしました。

生徒を指導し、その生徒が自身の成長を誇らしく思ってくれていたことには大きなやりがいを感じました。私は両親とも教員をしているので、その影響もあったかもしれません。前職場には偶然にも体調不良により休暇をとっていた教諭がいたため、特例的に私が3名の卒業研究的な課題の指導を任されたのですが、そのうち2名が学外のコンペティションで受賞し、その結果を喜んでいたのはいい思い出です。生徒に指導する塩梅は案外難しく、口を出しすぎるとそれはもはや私の案になりかねないので、ヒントを与えたり、見守ったりをしていたのですが、そのような距離で人を見る経験はさほど多くなかったですし、今後あるかもわからないので、貴重な経験であり、また結果が出て嬉しく思っています。

当該事務所の所長には以前からその言論に興味があり、メールにて直接アポイントを取り、話し合いの末採用が決まりました。その他、応募には至りませんでしたが、先輩の教諭の知り合いの建築家を紹介していただいたりなど、個人経営の建築設計事務所の間の繋がりを利用すると楽で確実でした。その経験から口づてのつながりが強い業界なんだなと認識しました。

上記の通りもともと当該所長に興味を持っていたことと、都内の建築設計事務所に勤めたことがなかったため経験してみたかったこと、また勤務時間が自由だったことがあります。特に勤務時間は私用の関係上、夕方からしか出勤できないことが多かったのですが、それでも快く勤務を許可していただき、私にあった仕事を割り振ってくれたので、とても働きやすかったです。具体的には、17時から23時などが最も多かったです。下記に業務内容を記しますが、模型作成でない、資料作成の仕事期間中は、必ずしも出勤する必要がなかったので、私用と並行してこなせたのはありがたかったです。

建築設計で実際に計画した図面の模型化と、当該建築家の作品が海外の建築雑誌に掲載するための資料整理を行いました。模型製作は、最後以外ほぼ全て私が担当し、設計担当の所員から指示を受けながら、作成しました。資料整理は、実際の建築確認申請で提出する資料では情報量が多すぎるため、雑誌向けに情報量を絞り、線を整理していくという作業をしました。他にも打ち合わせに参加したり計画中の敷地に見学に行くなど、建築家としての基本的な業務を行いました。また、当該設計事務所は他に2つの、合計3事務所が集まって場所を使用していたので、手が空いているわずかな期間は、そのお隣の事務所の作業を手伝うなどの業務もありました。そこでは給与は一緒にご飯に行く程度のものでしたが、協力関係を築き、ものを共有し、積極的に情報交換等を行える業務形態として魅力的な内容であると感じています。

イメージと違っていたのは、所長が多忙で、私が勤務できる時間に事務所にいないことが多く、思ったほど面と向かってお話ができなかったことです。必要な指示は受けられましたが、組織の構造と自由な時間に働く制度のため、逆にコミュニケーションが思った程取れませんでした。一方で設計担当の所員とは、都度意思疎通をはかり、正確に模型を作成する必要があったので、昼夜を共にする機会が多く、その中で建築について、暮らしについて、今までの興味についてなど収穫のある話ができたことはよかったです。

仕事の難しさ、辛さは特に感じませんでした。一般的に建築設計事務所は作業量が多い業態で、特に個人経営のところはブラックと言われがちですが、私は自らそれ以上の時間作業をし続けるという形態に学生の頃から慣れていたので、苦に感じることはありませんでした。給与面は良くはありませんでしたが、私用で他に収入が多少見込めたことと、夢中になってできる唯一の仕事及び働き方であったので、他の業態と比べることはありませんでした。

建築物を取り巻く諸条件を整理することと、建築物が計画され実際に模型になる瞬間、あるいは実物が竣工する瞬間は大きなやりがいを感じました。諸条件の整理については、施主や所長の要望が第一にあるのですが、建築物は暮らしの大部分に関わるという性質から、もっと概念的な問いに常に繋がります。具体的には人はどのように暮らすのが気持ちがいいのか、共同体や社会とどのようにつながると過ごしやすいのか、都会と農村ではどちらの方が豊かか、奇抜な形の建築は果たして解体するその日までずっと価値を保つのか、等多岐に渡ります。そのような問いを見つけ、そこに都度意味を付与していき、それに適応する形態が見つけられることがとても楽しいです。また、それらが頭の中から飛び出し、実際に形になったものを見ると、計画していたよりも魅力的に感じることがあり、それがこの上なく楽しいのです。

成功か失敗かでは測れないような気がしていますが、必要であった、正しかったという感覚があります。

どちらの仕事も好きでやりがいを感じていました。ただ、将来ずっと続けていこうと思っているのは新職の建築設計職の方なので、転職して正しかったという表現はできると思います。

同職種の人が意外とやっていないと感じるのは、上記のような概念的な問いに思いを馳せることもそうなのですが、他者にした提案を自身の暮らしに取り込んでいくことをあまりやっていないように感じるので、それをお勧めしたいです。建築を考えることは人の動きや思いを考慮することであり、同時に社会や自然環境と人をいかに接続させるかということでもあります。その中で自身の暮らしを設計案が思いつく度に振り返り、更新していくようなふるまいができれば、より楽しく豊かに暮らしていけると思います。また、近いうちに地方で個人経営の職場に再就職する予定ですが、個人経営で勤務時間に縛られないことで、より自身の住まいとその周辺環境に気を配れるようになるのではないかと思っています。そうなったときに私は都内での忙しなく休むところはお金を払わないと入れないような固い街ではなく、地方で自らの手でやわらかい環境を作っていきたいと思っています。具体的には、朝日が見える少し前に起きて、休憩混じりに家の作業を済ませ、必要なだけ働いて、季節ごとにそのリズムを変えて..などです。その速度の緩さに魅力を感じれる人には、個人経営の会社の中ではそのような働き方をさせてくれる会社もあると思いますので、そのように都内から一度離れる暮らし方をお勧めしたいです。

私の場合、転職活動それ自体に大きく苦労することはなかったのですが、自身が計画していた将来への流れの頓挫から、新職に着くまでの過程と、業務内容の違いから学ぶことがメインでお伝えできることになりそうです。
計画していた将来への流れというのは、つまり海外での経験を持つという意味ですが、それができなくても国内でまずできることを実直に進めることで自身が想像していた以上にできることが増え、見えることが増えるんだなという学びがありました。あるとき、人々が今立つその土地の文化の中で生きていく過程で、その文化を紐解くためによく観察していると、そこには独自のよくできた生態系があり、それに沿うような建築を考案するというように手法を頭の中で整理したことがあります。そう思うと、国内か国外かという違いはとても陳腐な違いであるように感じられました。その経験もあり、今では逆に海外にわざわざ行かなくてもいいんじゃないかとすら思っています。
業務内容の違いから学んだことは、建築設計の大変さでした。もともと新卒で前職の東京工業大学の附属高校に就いたため、建築設計を実際に一通りやらず、その時点で生徒に伝えられることを伝えていましたが、実際にその過程を通してもっと教えられることが増えたような気がしています。また、私が丁寧に業務支援を受けたので、生徒の将来のためにも、あるいはこれから共に働く後輩たちにも、気持ちよく働いてもらえるよう支援ができればいいなと思っています。